日本とハワイをつなげたい~たった一人の太平洋横断プロジェクト

アロハガールズの皆さまアロハ。ライターのノリエ・ヴォイノヴィッチです。

日本からサンフランシスコ、そしてハワイへ。単独、ヨットで太平洋を横断した若いヨットマンがホノルルに滞在している・・・そんな情報がアロハガール編集部に入りました。

どうやら、たった一人で日本から海を渡ったのは、彼の故郷である東北での大震災も関係しているとのこと。

私事で恐縮ですが、私も2008年にハワイへ来るまでは、仙台で暮らしていました。娘も仙台生まれです。大震災で犠牲になった方々の命に比べれば何の価値もないことですが、2011年のあの日、私が所有していたモノは全て無くしました。今でも3月11日は、決して忘れることができない日です。だからこそ今回、東北に暮らした日本人として、そのヨットマンの方に会ってみたいと思いました。

紺野博史さん。取材とインタビューを申し込むと、快くお受け下さいました。

アラワイヨットハーバーに紺野さんのヨットが停泊されているそうです。紺野さんのヨットを探します。

紺野さんにお会いできました!紺野さんのヨットの中でインタビューをさせて頂けることになりました。このヨットが、紺野さんと太平洋を渡ったんですね。

紺野さんが故郷でもある福島県いわき市にある小名浜(おなはま)港から出航したのが2017年6月10日。そのあと何と50日間をかけて太平洋を横断し、2017年7月の終わりにアメリカ、サンフランシスコに到着し、その後さらに25日間をかけハワイへ、9月にホノルルへ入りました。

一人での太平洋横断を決意~故郷への思い

過酷な太平洋横断を思い立ったきっかけをお聞きすると・・。「もともと太平洋横断は夢だったんです。ただ、震災のあと郷土愛のようなものが大きくなってきたんです。子どもの頃から『いわきの海』で泳いでいましたからね。何かいわきの人たちを元気づけることがないかと考えている時にいわき市と、ハワイのカウアイ島が姉妹都市であることがわかったんです。」と紺野さん。

そこで紺野さんはカウアイ島へいわき市長からの親書を届けることを思いつきました。そしてご自身の航海の様子を知らせることで、東北に暮らす方たちに楽しんでもらいながら、ヨットを通じてハワイと日本をつなぐことを考えたのです。

夢は大きいものの、以前は広告デザインの仕事をされていて、ヨットとは無縁な生活を送っていた紺野さん、出発前から大変だったそうです。

「古くてボロボロのヨットを買い取り、2か月間ヨットに泊まりこんで、自分で修理したんです。」とのこと。雨漏りの場所も、エンジンも、全て自分で修理した結果、紺野さんは新品同様に生まれ変わったヨットと、たとえトラブルが発生しても、たいがいのことは自分で修理できるという技術力とを手に入れたのです。

けれど陸地では考えられないような、想像を超える素晴らしい体験もされたそうです。
ヨットの上を紺野さんを元気づけるように飛んでいく鳥たち。まるで友達のようにヨットに並走して泳ぐイルカの群れ。太平洋の真ん中に沈む夕日。「360度が海の太平洋。そこで浮かんでいると地球が丸いことがわかるんです。」と紺野さん。

そして、そんな海の上での風景や体験を紺野さんがHPなどにアップするのを、楽しみに待っていた人たちがいます。
地元東北の人たち、そして日本の人たちでした。いわき市をはじめ、あの時津波の被害にあった方たちにとって当然、海は怖いもの。けれどいわき市出身の紺野さんがあへて海の恐怖を知り、海に挑戦することで、海に対するイメージを改善できれば、という紺野さんの思いが少しづつ形になっていく毎日でもあったのです。

サンフランシスコ到着~天国のゲートをくぐる

そんな紺野さんがサンフランシスコに到着したのは2017年7月30日。
ゴールデンゲートブリッジに向かう紺野さんのヨットの前に大きな虹が出迎えました。あまりに大きく、美しいその虹に「一瞬、俺は本当に生きているのかな?って思いました。実は、あの嵐の夜に死んでいたんじゃないか、って。これは天国へのゲートなんじゃないかって・・・。」
その日の紺野さんの航海日誌にこう記されています。『50日は長かったようで短かった。けどやっぱり長かった。現地の人に歓迎されて感無量。』。
そして紺野さんは「現実の天国のゲート」をくぐり、アメリカ大陸に到着したのです。

その後、さらに海をかけハワイへ。そしてとうとう大きな目的の一つ、カウアイ島の郡長にいわき市長からの親書を手渡すことができたのです。これをきっかけに、ハワイと日本でのヨットレースなど、今後のさらなる目標もできたと言います。そして何より、カウアイ島に流れ着いていたあるものが、紺野さんの心に深く刻まれることになります。

紺野さんが出航したいわき市小名浜港から、大震災時の大津波で流されたブイが、紺野さんのヨットと全く同じコースをたどり、カウアイ島へ流れ着いていたのです。そんな偶然とは思えない偶然を目の当たりにし、紺野さんの次の夢が広がりました。

航海のあとに見えた次の夢~もう一度いわきの海へ

故郷いわき市の小名浜に、津波で消えたヨットハーバーを再建したい。新しく生まれる小名浜港のヨットハーバーが、そのまま小名浜の風景となり、カフェやレストランで人々が集える空間へ広がっていけばよい。そして地震後に禁漁となっている港にもいつか活気が戻り、海を、ヨットを愛する子どもたちがいわき市で大きく育っていってほしい。

次の夢を見つけた紺野さんは、3月20日あたりにホノルルから日本へ向けて帆を上げる予定です。
「寄り道しながら帰ろうかと思っていたんですが・・・実は妻に子どもができまして。まっすぐ日本へ帰ります。」紺野さんはそう言って笑顔を向けてくれました。命をかけて太平洋へ出た紺野さんに、航海中もずっと支え続けた奥さんと、新しい命が待っているのです。

もうすぐ3月11日。アロハガールはこれからも、紺野さんを、そして紺野さんのような、震災の復興を願う方たちを応援したいと思っています。
紺野さん、東北に元気を届けるために無事にいわき市へ戻って下さいね。今回はアロハガール編集部のインタビューに応じて下さって本当にありがとうございました。

A maika‘i holo~良い航海を。

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